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2005.08.22

退屈日記

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徒然なるままに、日ぐらし、ポロを走らせる。また、硯に向かひて、心に移り行くよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、怪しうこそ物狂ほしけれ。


今の世の中、生産性で価値が計られるのだから、人は死にもの狂いで働くことになる。誰かより劣ると見なされたなら、その時は最期だ。もうその場所では浮かばれない。生きるか死ぬかの恐ろしい世界。人間の集まる場所は、アフリカの野生より残酷なのだ。ホラー映画ブームですけど、ゾンビ〜よりおっかないのが、ヒュウマン・ビ〜イングですから。

古本屋で面白い本を見かけた。何も食べずに生きることを宣言したという人物の書いた本。パラパラ立ち読み。人は食べなくても生きられるのだと。ときどき世界には、奇特な方が存在する。まったく寝ないでも生きていける人。ガラスを食べても平気な人。何でも記憶しちゃう人。火を触っても平気な人。

食べないで生きる事。もしこれが可能なら、きっとたくさんの煩悩から解放される。どうやったって食べられない一日何十品目とやらを強要する栄養学は信じられない。まったく食べないで生きることが出来るのかは、ぼくには分からないけれど、普通に考えられているよりずっと少ない食物で生きていけるだろう、とは思う。食べるのも勝手だし、食べないのも自分の勝手。お節介をして、食べないことを誰かに説きはじめたら危ないぞ。結婚を禁じたり、食べることを禁じたりするのは、カルトに近い。

もし食べないで良いのなら、働かなくても良くなるだろうか。食欲が人を労働へとかき立てる。食うために働く。生きるために食べる。食べるために働く。でも、このためだけに労苦するというのは、少しいじましい感じがする。人は、なぜ働くのか。社会の一員として、役割を果たすため。自分に授けられた力を活かして、誰かの役に立つため。尊敬を得るため。褒めてもらいたいから。色々考えられる。一番輝いて見えるのは、労働そのものに喜びを見いだしている人。仕事を喜んでいる人は、美しい。そして、生産性とか、効率とか、スキルとか、キャリアとか、そんな人間の作った煩わしい概念を陳腐化する力がある。ただし、そういう指標も必要だ。人は愚かだから、みんながみんな真っ当な歩き方をするものではない。
 
労働の起源を聖書に見てみると、エデンの園の管理者としての立場を与えられた人類の始祖アダムに行きつく。彼は、美しく実り豊かな園を、賢く治めるように神に選ばれた。それはそれは、素敵な仕事だったことだろう。ところが、ヘビの誘惑を受けて、彼は神の言葉に背き、堕落してしまったため、地は人の罪がゆえ呪われてしまった。地は自然と豊かな果実を生み出すものではなくなってしまい、代わりにいばらとアザミが生え出た。人は一生、苦しんで地から食物をとる羽目に。パラダイスの園を耕し、豊かな実りを見守るという労働から、一転、額に汗してパンを食べる、という過酷な労働への変質。人の罪の結果だ。

あ〜あ、アダムが堕落さえしなければ、ぼくなんて、今頃、貴族のような生活をしていたのかもね。しかし、自分を見ると、ときどき神に背こうとする変な衝動があるのが分かる。良いことを行いたいのに、それをする力がなく、悪いことをしたくないのに、それをしてしまう。この事実が結局、自分をしてアダムの子孫であることを証明してしまっているんだよなあ。

つれづれ…。

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