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2005.09.14

阿呆のように

beloved_son

家族と時間を過ごすこと。何かほんわかして、柔らかく、ほのぼのと、素敵な時間。そんな風に思っているなら、現実は、まったく違うので、注意しなくっちゃならない。ただ家に居る、と言うことと、家族と過ごす、ということは全く違うこと。誰かと時間を過ごす、と言うことは、何かを犠牲として支払うことでもある。その成長に関わらなくても、子どもは育つ。ヒトという種には、そういう力が元々備えられている。大きくなった子どもが家にいるからと言って、その親が子育てをしたのかどうか、それは分からない。自分が子どもから何かを教えられると感じるのなら、その人は子育てをしているのだろうし、また実際に自分も成長しているのだろうと思う。書くことは簡単である。語ることもたやすい。しかし、行うことは難しい。行いを続けることも難しい。ある選択をしたことで、その身に孤独をまねいても、行い続ける決意があるのか。自分に問うている。

妻を愛さない人を、ぼくは信じることが出来ない。子どもに関わらない人も、好きじゃない。神を愛すると言って、家族を愛さない人を、ぼくは認めることが出来ない。どんなに賢くても、立派な働きをしていても、認められない。書くことは簡単だ。語ることもやさしい。しかし行うことは難しい。行いを続けることは、さらに難しい。自分に問うている。

クルマを大事にしない人嫌いだ。評論家的に生きるのもやだ。バカ者と言われても、阿呆と言われても、愚かだと思われても良い。静かに愛したい。その軸がぶれることが、恐ろしい。一生涯、それで良い。ポロが良い。
  

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コメント

こんばんわ〜。コメント、ありがとうございます。

先生くん様
出来ないんですよね〜。絶対に出来ない。しようと思うことが出来なくなることには、何か秘密があるような気がします。ぼくたちの心に働いて、思いのベクトルを変えてしまう見えない力。

サチコりん様
ぼくは、一生半人前かもです。しようと思うことが出来なくて、落ち込んで、苦しんで、葛藤して。その姿を見られるのは恥ずかしいことですけど、家族には見られちゃいます。見てもらった方が良い、と最近は思うようになりした。

投稿: サスケ | 2005.09.15 01:15

こんにちは。
心の軸がふれること、恐ろしいですよね。
とても共感します。
人生に達観したいなと思っていても
ヘンな渦に巻き込まれてしまうこと度々。
軸を戻すのが大変です。
私も半人前。

投稿: サチコりん | 2005.09.14 16:55

サスケさん、こんにちは。
おっしゃること、すごく大事なことです。そうありたい。でも、なかなかそう思いつつも、実行できていない半人前の自分がいます。

投稿: 先生くん | 2005.09.14 11:37

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